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貴ノ花関

小学校高学年くらいでしょうか。東北北奥の田舎町に住んでいた私の家の近所には神社があり、その神社にはなぜか大きな土俵がありました。年に1、2回くらいは使用しているのを見たことがあるのですが、大半は空いており、子供たちの絶好の遊び場となっていました。

折しも、現相撲協会理事長の横綱北の湖の全盛期。ところが北の湖は「江川、ピーマン、北の湖」と並び称されるほどの不人気横綱。今見ればどことなく愛嬌のある顔も、当時は無敵の強さもあいまって、ふてぶてしく見えたのでしょう。

そんな、北の湖全盛時代に、痩身ながら果敢に向かっていったのが当時の大関貴ノ花でした。決して磐石の強さではなかったですが、いや逆に、ハラハラしどうしの相撲だったからこそ、端正な顔立ち、恵まれない体格とあいまって、判官贔屓の対象となり、大人気でした。

当時の子供たちの人気が、貴ノ花に集中したのも致し方ないことでしょう。私もそのクチで、場所が始まると、貴ノ花の勝敗の結果をまず調べて一喜一憂する(結構一憂が多かった・・・)。遊び場の土俵でも、土俵際で逆転の技をかけようとする。貴ノ花の横綱昇進を夢見て、自分で雲竜型の土俵入りを真似てみたり。。。。

結局、横綱昇進の夢は夢で終わってしまいましたが、その夢が息子二人によって実現されたのは、周知の通りです。しかし、私としてはそれよりも、貴ノ浪、貴闘力、安芸ノ島といったゼニの取れる力士を育てた功績を評価したいです。若貴ブームの中、彼らも後半戦の土俵を沸かせました。そして、彼らが土俵を去るにつれて、わたしもテレビ桟敷席から徐々に離れていくことになってしまいました。

晩年(という歳でもないですが)は息子兄弟、そして元おかみさんとの人間関係でかなり心を磨り減らしたようです。それが今回の病気の遠因だとすれば、あまりに悲しいことです。

またひとつ、私の昭和が終わりました。

合掌。

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