アンチ自民ですが何か?
思えば物心ついた時からアンチ自民であった。
これは、当時筋金入りのアンチ自民であった母の影響があるかもしれない。また大学入学まで朝日新聞(日経新聞もとっていたがあまり読まなかった)以外の新聞を見ることがほとんどなかった環境も影響しているかもしれない。
しかし、大学に入学して、朝日新聞以外の価値観を知り、「諸君」やら「正論」やらを読みふけるようになった。また社会人になってからは実務の勉強に忙しく?政治的にはほとんどノンポリの状態であった。
それでも、国政選挙ではアンチ自民であり続けた。いや、アンチ与党だったのかもしれない。アンチ自民とアンチ与党の区別は自民党が下野しているときの選挙で明らかになるはずなのだが、自民党が下野していた短期間の間には国政選挙は行われていないため、その区別はいまのところあまり意味がない。
ここまで続くと、もはやそれは母の影響などではなく、ましては最近行きつけのラーメン屋以外では見ることのなくなった朝日新聞の影響などでもない。じゃあ自分には時の与党を支持しない確たる理由があったのか、というと、その選挙時々では自分で投票するとってつけた言い訳みたいなことを考えてはいたが、その底流にあるのは単に「どっちに投票するのが自分的にはカッコいいか」、「どちらがお祭りになるか」こればかりを考えて投票していたようである。
私の出身は岩手。当時はまさに自民王国。当時まだ若手の小沢一郎が強く、鈴木善幸も健在であった。当時の社会党は中選挙区制のおこぼれをもらっているような状態。当時は選挙権がなかったが、子供心にはカッコいいのはアンチ自民、社会党が活躍すればお祭り。そういう観念が植えつけられた。
時は流れ、年齢が19歳と11ヵ月になったときに衆参ダブル選挙が行われたため(年齢を逆算しないように!)私が主権を行使するのは20歳を過ぎてかなり経ってからの参院選であった。野党党首は一番輝いていたころの土井たか子。一方の与党党首はおそらく史上もっともカッコわるい、そして今後未来永劫最もカッコわるい与党党首であろう宇野宗佑。投票対象は考えるまでもなかった。
そして、1993年の解散総選挙。自分にとっては当然自民党を離党した小沢一郎、武村正義がカッコよく、宮沢喜一は実にカッコわるかったのである。細川政権誕生はまさに自分にとってはお祭り騒ぎだったのである。
基本的にワイドショー的報道を心の中で軽蔑しつつ、自分はといえばワイドショー的な投票行動をとってきたのが実態であった。こういう投票行動をとってきた私にとって、今回の選挙には正直戸惑いものなのである。
(続く)
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