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IFRS教育の肝は「英語で読んで考えて」

そうかなぁ。

IFRS教育の肝は「英語で読んで考えて」

:どこかに書いている規則で財務諸表を作るのではなくて、考え方が分からないと財務諸表が作れない。そこが一番違うところです。

あまりに作成者を見くびっていませんかね。いくら日本が細則主義(といっても米国にははるかに及ばないと思いますが)といわれるからといって、実務の一つ一つ事細かに会計基準が決まっているわけではありません。それぞれの取引について本質を考えて会計処理をしています。何も考えてないで財務諸表を作っていると思われたものでは、作成者も報われませんなあ。

:日本語訳と原文ではIFRSの印象が異なります。日本語に翻訳してそれをベースに考えると日本語の思考になります。英語で考えることを身に付けるしか方法はないでしょう。

確かに日本語訳は違和感があることが多いのは事実。しかし、だからといって「英語で考えろ」とはいかがなものなんでしょうね。これから上場会社すべてに襲ってこようという波に対して、あまりに非現実的なあおりではないでしょうか?

:IFRSは会計的な意識よりもディスクロージャーとしての意識が強い。会計は仕訳を切って利益を計算するという業務管理活動ですが、IFRSは会計ではなく、いわゆるファイナンシャルレポーティングやディスクロージャーをどうするのかということが主題です。このことは日本では伝わっていなくて、会計的な捉え方をされているケースが多いようです。

これもまたみくびられていますなあ。いままで日本の実務者は仕訳だけ切っていて、ディスクロージャーについては気にしていなかったとでも?

:思考を転換するには(IFRSの)フレームワークの理解が欠かせないでしょう。これまでの会計基準の変更のように対処療法的に対応していると、いつまでたっても経営の先が読めないことになります。

そうでしょうか?欧州のあまたあるIFRS適用会社の経理実務者が、あの糞つまらない、いえ言葉が過ぎました、あの難解な「フレームワーク」を熟読しているということでしょうか?実際にヒアリングしたわけではないですが私にはそうは思えないのです。第一、会計基準(いや「財務報告基準」と呼ばないとご不満かもしれませんが)なんてものは、対処療法的に作られるものなのです。法律だって基本的にはそうでしょう。日本の基準だけがその場しのぎで作られ、IFRSは理論的に整合しているなんていうのは幻想ですよ。

で、何が言いたいかというと

「そんなに恐れることはない。IFRSといえどもたかが会計基準ですよ」と
「普段の思考の延長で十分に対応できますよ」と

少なくとも企業の財政状態と経営成績を伝えるという本質に変わりあるわけではないんですよ。
その伝えるテクニックは時代とともにいろいろ変わってきたわけで、それがIFRSになったところで根本的なところは変わらない。

いやその「本質」を日本企業は理解していなかった、というのが論者の意見なんでしょうけど、
そこまで日本企業って見くびられるべき存在ではないと思うんですよね。

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