粉飾事件で逮捕「旧すてきナイス」元経営者がやり直し裁判で逆転無罪の真相…へのツッコミ
粉飾事件で逮捕「旧すてきナイス」元経営者がやり直し裁判で逆転無罪の真相――「会計基準」を無視して暴走した地検の"誤算"と6年半の苦闘
https://toyokeizai.net/articles/-/926606
上記記事が正月早々(ごく一部で)話題を集めています。個人的には一読してツッコミどころ満載だと思いましたのでツッコミながら読んでみます。まだ自分の中での考えがまとまっていませんので、とりあえずツッコミを垂れ流しながら考えたいと思っています。
まず前提として、判決文は全然読んでいませんし、事例も昔のことなのであまり覚えていません。したがってこの判決について物申そうとしているものではありませんし、感覚的には無罪も当然ありうると思っています。あくまでツッコミ先は当該記事ですので誤解のないよう。
上場企業が株式を発行することは、お札を刷ることに近い。
いきなりおいおいという感じで、常々ハコ企業を「株券印刷業」と呼んでいるクラスタにとってはこの表現自体かなり違和感があるのですが、この辺で下手なこと話すといろんな方面から銃弾が飛んできそうなので生半可な知識で語るのはやめておきます。
それは、企業会計基準に照らして"粉飾といえるのか"だけを争点に審理がなされ、70代の2人の経営者に「無罪」が言い渡されるというものだった。
この先「会計基準にしたがって判断しろ」と散々言い出す割には、粉飾と言えるのか"だけ"は随分な言い草で、早くも結論への誘導が見られます。この「だけ」は下級審差し戻しの論点から来ているようですが、それと経営者の年齢と何の関係があるのか?
決算書は会計基準に基づいて作られるのだから、会計基準で判断するのが当たり前ではないかとの疑問を持った読者は常識人だ。ところが、粉飾事件が審理される裁判所では、その常識が通じないことが珍しくない。
何が言いたいのかよくわからないのですが、会計基準から逸脱した会計処理をすることが粉飾事件の構成要件(雑ですが)だと思いますので、会計基準で判断されるのは当たり前です。それを慢性骨髄性白血病という被告人の病状を持ち出して感情論で錯乱させているのはこの記事の方ではないかと。
一審で、弁護側は決算書の粉飾かどうかを"会計基準に照らして立証"するよう検察側に求めた。ところが、検察側はこれを受け入れず、平田さんが実質的に支配する会社に30億円を超えるマンションや土地を売った取引は、決算対策のための実体がないもので、売上高や利益を計上することは、決算書に虚偽を記載したことになるなどと主張した。
会計をかじった方ならわかるかと思いますが、Substance over form といった実質優先主義の原則が会計基準適用の前提にあるかと思います。取引に実態がないという判断が「会計基準に照らして立証」していないと主張するのは会計実務家としてはかなりの違和感がありますね。
差し戻し審では、検察側は日本の会計基準を決める民間機関「企業会計基準委員会」の委員長などを歴任した会計士の西川郁生氏を、弁護側は筑波大学大学院教授などを歴任した会計士の弥永真生氏を証人とし、難解な会計の議論を交わした。
このへんのビッグネームは熱いですね。弥永先生は現役の明治大学の教授ですが筑波大教授を歴任したと書くものなのですね。どうでもいいことでした。すみません。
例えば、東京証券取引所の上場企業がとることができる会計基準には実質的に3つある。日本会計基準、国際会計基準、米国会計基準で、採用する基準によって、売上高も利益も変わる。会計基準でさえ選べるのに、個々の会計処理となると、選択肢はさらに広がる。
忘れないでください、J…、というネタはともかく、会計基準が選べるから個々の会計処理の選択肢が広がる、という論拠はいかがなものかと思いますね。一つのルールには一つの体系があって然るべきで、他のルールで認められているからこのルールでもいいではないかというのはただの言いがかりでしかないですね。
今回の主任弁護人で「無罪請負人」とも呼ばれる弘中惇一郎弁護士は、「企業は決算対策でいろいろと工夫する。こういう見解に立てばこの売買は否定されるべきといった領域まで検察が刑事事件として捉えること自体を自制すべきだ」と指摘した。
ひ、弘中先生…。安易に刑事事件とすべきではないというのはそのとおりだと思いますが、「決算対策でいろいろと工夫する」ことを是認するようなコメントになってしまっているのはいかがなものなんでしょう。そうしているのは記者かもしれませんが…
同年度は有報の虚偽記載で6社が命じられた。最も多額だったのは液晶パネルのジャパンディスプレイ(JDI)で、21億6333万円、最低は600万円だった。課徴金の額は、企業の時価総額の大きさや不正の期間によって決定されるが、ナイスの課徴金は2番目の低さだった。
JDIの場合は全てを抱え込んで黄泉の国へ行かれた方がいらっしゃったので立件は難しかったのではないかと推察しますが、いずれにせよ大企業では立件されず中小ばかり狙い撃ちされる、というのは堀江貴文氏の時にもよく言われたことです。大企業と比較して中小企業の方が指揮命令権が分かりやすく立件しやすいという事情はあるのでしょうが、課徴金の額で刑事責任の順番が決まっていないから恣意的と判断するのもまたちょっと違うような気がします。
会計基準に照らして立件された粉飾事件は珍しい。それどころか、2008年の旧日本長期信用銀行事件や2011年の旧日本債券信用銀行事件は、会計基準に照らした判断の結果、逆転無罪となった。
2008年とか2011年とか書いていますが、事案としては1990年代後半の話で、金融商品会計基準の適用前、当時の大蔵省の指導がすべてに優先していたと言われる時代であって、会計基準がかなり整備された現在と単純比較はできないものと思いますね。
もちろん、健全な株式市場の発展のためには、粉飾事件には目を光らせる必要がある。一方で、企業には決算書という「証拠」がある。検察側には見込みに基づいて「自白」を求める捜査ではなく、会計基準に照らして決算書を分析する客観的な立証を期待したい。
そもそも粉飾決算とは決算書が正しくないことであり、決算書という証拠があるという言い回しは矛盾をはらんでいるように見え私には理解不能です。今回の件が「自白」を求めた捜査であるのかの判断は私の能力の外ですが、今までの判断が「会計基準に照らして」なかったと言わんばかりの書き方はやはり違和感を禁じ得ないのですわ。
とにかく言いたいのは検察が「会計基準を無視して暴走した」というのはあまりに短絡的な見方であり、会計基準というものの捉え方が偏狭的と感じてしまいます。なにより検察側の証人に立った会計専門家の西川郁生さんにあまりに礼を失していると思います。
気が向いたらもう少しまとめますね。向かないような気はしますが。


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